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2007年01月30日

自然に関する気になるニュース

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 雪の壁の高さからも

 その冬の降雪量や気温がわかるなぁ

 

 /渋峠 : 2003年春 
 仲間達との 東京~寺泊リレーラン





 
 
 
自宅de仕事デーの日は、時間があればネットニュースをていねいに見たりする。

今日は自然や環境に関するニュースで気になるものがいくつかあったので、
記録しておきたい。
(ヤフーニュース、他より)
 
 
1)オーストラリア 2008年よりリサイクル下水を飲む決断 干ばつのため
2)クマ殺処分1900頭超 絶滅の懸念も 本年度・東北 
3)2006年度 世界的暖冬の例
4)氷河の減少、80年代の3倍…気候変動で環境も変化
 
 
 
 

1)オーストラリア 
2008年よりリサイクル下水を飲む決断 干ばつのため

(ヤフーニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070129-00000514-yom-int)

住民に下水再利用の是非を問う住民投票をする時間の余裕もないほど
切迫した状態のようだ。
 
 
「水戦争」という言葉を聞いたことがある。
砂漠の地域やアフリカ大陸などでの民族紛争の一部は、
民族的な争いや政治・宗教的な争いだけでなく、
「水の奪い合い」がベースになっていることも少なくないのだと。
 
ある人から、
日本の天然水もアメリカの企業に買収され、
ブランド名をつけて高い値段で逆輸入されているものがあると聞いた。
私達が知らない間に、自然からの授かりモノであったと思っている水が、
特定の資本のものになってしまっているのだと。
 
日本で大干ばつが起こったとき、そばの山の水を飲もうとしたら、
窃盗犯で逮捕される事だってあるかもしれないのだ。
そう考えると、恐ろしい。

 
 
他、オーストラリアに関する情報・・・
  
今年に入り、オーストラリア気象局は他より速いスピードで
温暖化の影響を受けていると発表。
 
また、オーストラリアは気温上昇のスピードも世界平均と比べて速く、
最も暑い年の記録上位20のうち15は1980年以降の年で占められている
とのこと。
(「不都合な真実」でももっとも暑い年の記録に関して、
 似たようなことを言っていた)
(ヤフーニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070103-00000507-reu-int)


昨年11月、オーストラリア全土で
過去1000年で最悪の干ばつが発生しているとの発表。
 
土地の人々に語り継がれてきた記憶の中でも最悪であり、
今世紀最悪で、かつ、2世紀中(白人入植が行われて以来)でも最悪の状態らしい。
(AFP BB news http://www.afpbb.com/article/1067774)
 
 
 
昨年からの厳しい干ばつにより作物が採れず激しい物価高騰になっているだけでなく、
地中から蛇が大量に発生し、住民への警告もだされているようだ。
 
 
 
 
2)クマ殺処分1900頭超 絶滅の懸念も 本年度・東北
(ヤフーニュース、河北新報 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070129-00000007-khk-soci)
 
2006年度、まだあと数ヶ月あるのに、東北6県で
この一年で熊の殺処分数が1900頭を超えたのだそうだ。
 
 
 
これだけでも私は驚いたのだが、
この数字、全国で処分された熊の数の4割。
このエリアの前年度頭数の5倍を超えたのだそうだ。
 
 
 
今年は熊が眠らない(冬眠をしない)という話を最近も聞いていた。
(昨年100年に一度の大寒波だったロシアで、
今年は観測史上初の暖冬のため熊が冬眠しないのだそうだ)
 
また、日本でも昨年は、
里に下りてくる熊が増えて人間とのトラブルが絶えなかった。
 
 
 
森や山の木の実が不作なのか、
それとも人里の食べ物の味を覚えてしまったのか・・・
 
熊のこの行動は何を意味しているのか・・・?
一体、この国の森林になにが起こっているのか・・・?
 
 
 
 
3)2006年度 世界的暖冬の例
(ヤフーニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070119-00000044-mai-soci)
 
エルニーニョの影響だそう。

「影響」であって原因ではない。

エルニーニョの発生する仕組みはまだ詳しく解明されていないようだが、
熱帯の太平洋の気象や
ひいては地球全体の気象の変化と関連しているといわれている。
 
その気象には、私達の暮らしから発せられるエネルギーやCO2だって
影響しているといえるわけだから、
極論を言ってしまえば、
自分たちの暮らし方が自分たちの環境を作っている ってことになろう。
 
 
 
数十億年の地球の歴史から見たら「異常」気象ではなく
正常の範囲や一過性のものと見ることもできるのかもしれない。
 
 
 
ただ、環境の変化のスピードがとても速い時代に生きているということと、
想定の範囲を超えた規模の気象現象や環境の変化が起こっていることは
どうやら間違っていなさそうだ。
 
 
 
 
4)氷河の減少、80年代の3倍…気候変動で環境も変化 
(YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070130it04.htm)
 
氷河が溶けていくスピードが80年代と比べて3倍になっていると、
国連環境計画(UNEP)が1月29日に発表した。
 
調査によると、世界の9山脈、約30か所の氷河で縮小の状態を調べたところ
2000~05年の間に観測された氷河融解のスピードは
約20年前の1980年代のスピードの3倍だという。
 
映画「不都合な真実」でも、30年前と今の氷河の風景の違いを何例か見て、
目に見えてその縮小わかって驚いたのもつかのま、
公の機関がそれを実証するデータを公表したってことで、
またまた驚いている私だった。
 
知らないでいることが幸せなものもあるが、
環境破壊、環境の急激な変化については
知らないでいることは恐ろしいことだとますます思った。

2007年01月24日

映画「不都合な真実」

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 この海の水面もやがて
 僕らの背丈をゆうに越すほどに
 なってしまうのだろうか・・・?

 /鎌倉の海岸 : 2004年冬
 
 
 
 
レディースデー、たまたま午後からの仕事だったので、
朝一番で映画館に出かけた。
 
元アメリカ副大統領アル・ゴア氏が、
学生時代から興味を持っていた温暖化問題の知識をさらに深め、
世界で1000回以上講義した温暖化に関するスライド講座の映像と、
彼がそこまでつき動かされるようになるまでの人生の軌跡だった。
 
スライドで提示されるデータや地球環境に起こっている事実の映像を
今一度じっくり見てみたい。
字幕とデータを同時に見るのは難しかった。
吹き替え版があると青少年にもわかりやすそうだ。
 
幸い、書籍が出ているらしい。
 
ゴア氏の熱のこもった必死の講義の姿に胸を打たれた。
彼は本気だ。そう思った。
 
ともかくわかったのは、ここ数十年の間に、
人類は未だかつてないスピードの温暖化を体験しているということ。
しかもかつてない高温の時代にすでに突入しつつあること。
 
 

永久凍土が溶けて、森や家が倒れ始めている。
 
南極北極の氷が鏡になって、太陽熱を地球外に放出していたのが、
氷が溶けてその力が弱まって来ている。
海水の面積が増えると、海水は熱を吸収するので、
ますます海水温度が上がり、氷が溶ける。
 
アフリカでは湖が干上がり、人種の争いに水戦争も加わり、ますます紛争が激しくなる。
 
ヒマラヤの氷河もかなり溶けている。
人口の多いインドの民の半分ほどか頼りにしている水源が消えつつある。
 
などの現象の解説があった。
事実を知らないということは本当に恐ろしい。
 
 
これらはもはや他人事ではない。
人間がエゴと無知のために引き起こす環境破壊による人災だ。
自分たちの命を生かすも殺すも、自分たち次第だということに早く気がつかねば。
 
この星に生きる者一人ひとりが、
「その人が今からでもできること」を、少しずつでもやっていくしかない。
  
しかも、「いつか」ではなく、
「今」暮らしている日々の生活そものから・・・。
 
 
 
 
ちなみに私は、よほど寒い日でない限り、
暖房をつけないで暮らしている。
つけないでもなんとかやっていけるほどこの冬は気温が高い気がする。
(夏も自分ひとりでいる時は冷房も使わない。)
 
寒い?そりゃもちろん。冬だから。
しかし、寒けりゃもう一枚はおり、靴下をもう一枚重ねればよいではないか。
ひざ掛けを使えばいいじゃないか。
 
ヤセ我慢で言ってるのではない。
人間、本来はそういうからだの力があったはずだ。
暖房器具がない時代から命はつながってきているのだから。
 
これは、私ができるエコライフ、省エネの一つ。
 
その人それぞれにやれる方法があると思う。
それを一つでもいいからやり続けることが、大切なんだと思う。
 
 
 
あなたは何ができますか?

2007年01月11日

“つながり”を感じる見送り

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 それはまるで
 心の中に
 永遠に咲き続ける
 花のようなものかもしれない

 実家にて:2007年冬
 
 
 
新しい年が明けました。
ぽつりぽつりの更新ですが、
今年もよろしくお願いいたします。


昨年暮れに「交流分析メールマガジン第133号(2006/12/28)」に書いたコラム、
読者の方々から反響がありました。

いただいた感想に、こちらも心が温かくなりました。

面識のないメルマガ編集者にメールを送るというのは、
結構エネルギーや勇気がいることではないかと思います。
それでも何か伝えずにはいられなかった方々がいた今回のコラム、
年が明けてしまいましたが、こちらにも転載しておきます。
 
 
 
 

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コラム:「“つながり”を感じる見送り」           
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 この一年、私にとっては“つながり”をテーマにした活動の模索の一年でし
 た。心と体、人と人、人と自然などの“つながり”について考えたり、実践
 したり、体験したりすることを意識して過ごしてきました。
 
 中でも人と人との間で“つながり感”を感じる体験っていいなぁと、あらた
 めて感じた一年でした。
 
 特に活動などの後に人を見送ったり自分が見送られたりする体験で、ほのぼ
 のすることが多かった気がします。
 
 
 
 今年は、自分の五感の感性を豊かにするため自然とのつながりを深めたいと
 思い、春から毎月1泊2日で自然学校に通い、自然観察や冒険的アウトドア
 活動をしてきました。
 
 講座生は私を含め、成人男女10名。かかわるスタッフは、固定した担当者が
 2名とプログラムにあわせてその都度別の講師もつきました。
 それ以外にもその自然学校にはスタッフが大勢いて、夜の食事時間に顔を出
 してくれたり、敷地で顔を合わせたら挨拶をするなどして、通ううちに少し
 ずつ顔見知りが増えていきました。
 
 スタッフの人たちは、自分がその講座の担当でなく私たちのことをあまり知
 らなくても、ほんとうによく挨拶をしてくれます。
 私たちが1泊2日の講座を終えて帰るときでも、近くにいて手が空いている
 スタッフが駐車場までやってきて、マイカーや送迎車で三々五々帰っていく
 私達を見送ってくれます。
 毎回それがなんともあたたかく、うれしい体験でした。
 
 
 
 スタッフだけではありません。
 帰るときは、たいがいマイカー組が先に出発することが多いので、送迎車組
 のメンバーもスタッフ達と一緒にマイカーメンバーを見送ります。
 私は送迎車組だったので、ほぼ毎回マイカーで先に帰るメンバーを他の人達
 と一緒に手を振って見送っていました。7~8名くらいが彼らを見送ります。
 次に送迎車が出発する時も、少なくとも2~3人のスタッフが手を振って見
 送ってくれます。
 
 わずかな時間ですが、心に残るシーンです。
 「いいなぁ、また来たいなぁ。またみんなに会いたいなぁ。」とその都度思
 います。
 
 私はその際、相手が見えなくなるまで両手を大きく振って見送ります。

 かつてそうやって見送ってもらったことがうれしく、今も心に残る体験があ
 るからです。
 
 
 
 それは、一時期よく通った信州のあるペンションで体験したことです。
 山の斜面のつづら折りの途中にあるペンションでした。
 私が帰るとき、オーナーやスタッフが、つづら折を下りきり私達の車の姿が
 見えなくなるまで、両手を振り続けて見送ってくれました。
 
 車の窓からはペンションが見えたり隠れたりするのですが、坂をかなり下っ
 て「もういないだろう」と思ってペンションの方向を見たら、まだずっと手
 を振り続けている彼らの姿がありました。それを見て、私はとても感激した
 のです。
 
 
 
 月1回の自然学校も回を重ねるごとにメンバー同士とても打ち解けてきまし
 たが、最初の頃は1ヶ月ぶりに会うと集合直後は軽い緊張感もありました。
 その緊張感を軽減し「次回会うのが楽しみ」という気持ちにさせるのを促進
 したのも、毎回互いに見送り見送られることをやったからではないかと、私
 は今までを振り返って考えています。
 
 
  
 今月、私は初めて自然学校を休みました。仕事との調整がどうしてもつかな
 かったのです。
 翌週、同じ場所で昼間から一日だけの忘年会があったので参加しました。
 私が参加している講座以外の方々もたくさん来ていました。
 大半の人は夜の部まで参加してから帰るか泊まるかというパターンでしたが、
 私は翌日早朝から仕事があったので、夕方に失礼することになっていました。
 
 夕方、昼の部が終わったきりのいいところで、来ていたメンバーやスタッフ
 に挨拶をして送迎車に向かいました。
 車に到着して後ろを振り返ると、そこには私を見送ろうとこちらに向かって
 歩いてくる講座生メンバーとその家族、担当スタッフなど、総勢10名ほどの
 姿があったのです!
 
 とてもうれしく、「仲間っていいなぁ~」としみじみ思いました。
 
 
 
 そしてなぜか、忘れていた子どもの頃の思い出がよみがえりました。
 そういえば、子どもの頃にも体験したな・・・と。
 
 正月や秋祭りのときなど、母方の親戚の集まりによく出かけました。
 祖父母のもとに母の兄弟家族だけでなく、多いときには祖父母の兄弟や、母
 のいとこなど、大勢の人が集いました。
 
 大人は大部屋で、子どもはテレビのある居間にわかれ、にぎやかに食事をし
 ました。時々大人の席のご馳走をねらいにいったら、酔った親戚につかまり
 「親の言うことは素直にきけないだろうから、代わりに言う」と説教された
 こともありました。
 
 小学生高学年くらいになると、準備や片付けに追われ台所にたむろしている
 女性陣の末席に入れてもらい、手伝ったりつまみ食いをしました。嫁姑の悩
 みや様々な世間話…。世代を超えてその時ならではの様々な会話がなされる
 様子は、子ども心にも興味津々でした。
 
 上に兄弟がいない私にとっては、いとこのお姉さん達と話をするのも楽しみ
 の一つでした。
 
 そうやって楽しい時間が過ぎて日が暮れてくると、ぽつりぽつりと帰る人た
 ちが出てきます。そうすると、誰かが帰るたびに、ほぼ全員に近い人たちが
 ワイワイガヤガヤと道端まで見送りに出るのです。そして、その人たちの姿
 や車が見えなくなるまで、ずーーっと見送るのです。
 
 自分が帰る番になったとき、いとこ達と別れるのが寂しくて泣きそうになっ
 たこともありました。
 
 でもそうやって見送られたことが、“つながり感”となって今も心の奥底で
 暖かさを保ち続けていることに、今回あらためて気がつきました。
 
 
 
 もうすぐお正月。
 帰省の折には、この見送りの儀式ともいえることを、いつも以上に意識して
 やってみようかなと思っています。
 
 みなさまも、よいお年をお迎え下さい。