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    <title>Takayo.biz：つながり</title>
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    <updated>2009-02-23T03:28:02Z</updated>
    <subtitle>気づいたこと・感じたこと・考えたこと</subtitle>
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    <title>互いを高めあう自主グループ</title>
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    <published>2009-02-23T02:53:30Z</published>
    <updated>2009-02-23T03:28:02Z</updated>
    
    <summary>    　仲間といると　暖かい 　心もホカホカ 　元気もでるね 　／　うさぎ団子...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[  <a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post58.jpg"><img alt="post58.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post58-thumb.jpg" width="200" height="150" align="left"/></a><font size="-1"> 
　仲間といると　暖かい

　心もホカホカ

　元気もでるね

　／　うさぎ団子　：　2008年晩秋　須坂市どうぶつえん</font>
　
　
　
　
昨年秋にかかわった、子育て中の女性が対象のキャリア支援セミナーは、
２時間×４回という受講期間だった。
私はその内、２回登壇させていただいた。
　
　
主催のひとつである女性支援の団体とは
これまでにも何度か、同様のセミナーでご一緒にお仕事をさせていただいたことがあるが
特徴的なのは、
　
　「参加者同士のネットワーク作り」
　
も、企画側のねらいとしてあることだ。
　
　
講座を受けて終わり、ではなく、
そこで同じような悩みや目的を持った人たちが集まったご縁を
本人たちが自主的に継続させていけるような「場作り」が、
講師の私に与えら得る役割の一つとなる。
　　
私の担当する時間は主に、
キャリアを見つめなおしたり未来を描くようなワークシートを基にしたワーク中心で、
様々な人同士がつながったり、互いに関心を持ってもらえるような工夫をしている。
　
　
昨秋の講座のその後、について、主催事務局からお知らせが届いた。
　
どうやら、自主グループが生まれ、活動を継続しているようだ。
メンバー同士情報交換したり励ましあう活動の中から、
この４月から職場復帰、再就職するというアクションをおこした人も出てきたという。
　　
　
うれしいことだ。





]]>
        <![CDATA[　
　
ネットワークが生まれるのは、私の力だけではない。
　
主催者である団体も、｢学習支援者」として、
受講者の方々からこういう活動が生まれるための励ましやサポートを丁寧にされている。
　
また、もう一つの主催である会場提供機関も、とても協力的だ。
受講者同士が講座以外の時間にコミュニケーションを取れるような場の提供をしてくださった。
講座が終わった後でも、活動の会場提供をしてくださっている。
　
他の回の講師の方々も、「人と人とのつながり」の大切さを語ってくださっている。
　
　
こういった、様々な「学習支援者」の存在があって、
受講した人たちの「あったらいいな」「誰かがやってくれたらいいな」という要望が
“私が、私たちが”「動いてみよう」「やってみよう」という気持ちに変化し、
実際の行動へとつながり、
さらに互いに学びあうというスパイラルが続いていくのだと考えている。
　
　（事実、この２つの主催団体と２年前にやらせていたセミナーでも
　　自主グループが生まれ、活動が続いていると聞く。）
　
　
　
さて、その、昨秋に開催された講座で生まれた自主グループの
「交流会」なるものが、来月、当時の主催者も交えて開かれることとなった。　
　
受講された方々の「その後」、今後のことについて、
どんな話を聴けるのか、今から楽しみである。

講師・ファシリテーターとしても、
講座で関って終わり、でなく、
その後の関係にもまた再びご縁を持たせていただけるのは、ありがたい。
　
今から、その会が楽しみだ。



■問合せ　：　<a href="http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P61545992" target="_blank"><strong>森山貴代</strong></a>
]]>
    </content>
</entry>
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    <title>人生を語る</title>
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    <published>2009-02-18T16:34:59Z</published>
    <updated>2009-02-18T16:51:42Z</updated>
    
    <summary>　 　ここまで歩いてきた 　 　この先にも道は続く 　 　私は歩みを止めない 　...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post57.jpg"><img alt="post57.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post57-thumb.jpg" width="134" height="200" align="left"/></a><font size="-1">　
　ここまで歩いてきた
　
　この先にも道は続く
　
　私は歩みを止めない
　
　
　2002年秋　／　中仙道（木曽路の旅にて）</font>
　　
　　
　
　　
　　
　

縁あって、某女子大学にて講義をするチャンスをいただいた。
３日間にわたる集中講義の中の中日午前中の２時間。
テーマは「社会教育」

（社会教育：主に学校教育以外で行われる、青少年・成人向けの教育で、
　狭義の生涯学習と意味を同じく使われることもある）

]]>
        これから社会に出て、一人の女性として生きていく人たちに、
男女共同参画センターや、行政や民間機関主導の生涯学習の講座、
企業研修などで、私が関った
　
キャリアやコミュニケーションの講座の内容についてや、
　
これらの受講生やキャリアカウンセリングで出会った女性たちの、
「人生の様々なステージでの悩み」「学校を出ても学び続ける姿勢」などについて
　
話をさせていただいた。
　
　
　
また、私自身が今の仕事に至るまでの道程についても語らせていただいた。
　
子ども時代の体験が職業選択にもたらした影響・想いの原風景、
夢や想いを当初とは形を変わっているけれど叶えてきたこと、
　
歩き続けること（動く、調べる、人と出会う中で模索していく）、
一度に100％を叶えねばならないとかａｌｌ or nothing でなく、様々な可能性、グレーゾーンも考えること、

悩みは向上心のあらわれであること、
悩むからこそ学び・気づきを求めるのであること、
社会に出ても｢学び」は続くこと、
　　
人とのつながりの大切さ、出会う人は皆師であること、
人との出会いの中で「自分」というものを知っていくこと、
いくつになっても学びあう関係を持ち続けること、
　
ふりかえると転機には人やできごととの出会いがあったこと、
今まで体験してきたことにはひとつの無駄もないこと、
　
誰にでも、変えられない制約条件と、変えられることがあること、
その制約条件も含めて、その人にしか生きられない人生（誰も代わってくれない）があること、
　
など・・・
　
　
　
人生を彼女たちの倍ほど生きてきて、いささか、教えたがりのおせっかいだったかもしれない。
　
しかし、私自身が、人生の先輩方からいろいろな話をうかがい、学んできたことを思うと、
こういう人がこんな話をするのを聴くのも、たまには刺激になろう。
　
彼女たちからも感想をいただいた。
私も彼女たちからたくさんの学びを得た。
　
学びあう関係を、ありがとう。
そして、この機会を与えてくださった方に、あらためて感謝を申し上げたい。
　

    </content>
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    <title>ワークキャンプ＆エコツーリズム</title>
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    <published>2009-01-29T16:12:25Z</published>
    <updated>2009-02-18T16:52:10Z</updated>
    
    <summary>　 　ここには、懐かしいふるさとを思わせる 　 　風景と人々の暮らしがある　 　...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と自然・世界・そして…" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post56.jpg"><img alt="post56.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post56-thumb.jpg" width="200" height="132" align="left"/></a><font size="-1">　
　ここには、懐かしいふるさとを思わせる
　
　風景と人々の暮らしがある　
　
　
　2008年夏　／　船浮集落（西表島）</font>
　　
　　
　
　
　
１月は、人と人、人と自然、人と地域がつながるしくみである
ワークキャンプとエコツーリズムのシンポジウムに参加した。
　
この二つは私にとって、
しくみという意味合いだけでなく
「生き方」の例としても興味がある分野だ。
　
　
　
]]>
        全国ワークキャンプフォーラム　『若者の力が社会を変える』
　　　　～地域と青年をつなぐキーワード　”ワークキャンプ”～
１月10日（土）・11日（日）　　国立オリンピック記念青少年総合センター
http://workcampforum.web.fc2.com/workcampforum2009.html
　
　
エコセンシンポジウム「エコツーリズムで地域を元気にした１０の事例」
2009年1月19日（月）　　国立オリンピック記念青少年総合センター
http://www.ecotourism-center.jp/news/news090119.html
　
　
様々な人が、様々な地域・フィールドで、様々な試行錯誤をしながら、
生き方、人と人・人と自然・人と地域のつながりを模索していることがわかった。
　
　
　
自分には何ができるだろう？
　
　キャリア開発支援、
　よりよい人間関係・コミュニケーションのワークショップ
　心の健康（メンタルヘルス）・・・
　
そんな分野からの「生き方」を考える支援と
自分が新たに関心を持って学びつつある領域との間に、接点を見出したい。
　
自分の活動、「人と人」を中心とした支援に
自然、地域といった、「人」を囲む周囲の環境も加えた分野で
自分の身を役立てたい。
　
今いる自分の立ち位置の足元をしっかり固めながら、
新しい世界との融合の模索はこの先も続いていきそうだ。

    </content>
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    <title>学びと気づきの週末</title>
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    <published>2008-12-07T13:54:29Z</published>
    <updated>2008-12-07T14:40:55Z</updated>
    
    <summary>　彼女の代わりに 　私自身がそこにいるとイメージして・・・ 　はい、リラックス・...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="日々の思い・雑記" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post55-2.jpg"><img alt="post55-2.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post55-2-thumb.jpg" width="200" height="132" align="left"/></a><font size="-1">　彼女の代わりに
　私自身がそこにいるとイメージして・・・
　はい、リラックス・りらっくす・・・♪
　
　しばしのストレス解消
　

　2008年夏　／　波照間島</font>
　
　
　
週末、かねてより一度学びに行きたいと思っていた南山大学に行ってきた。
　
日本体験学習研究会 　第１０回記念大会
http://www.nanzan-u.ac.jp/~tsumura/nittaiken/
　
　
　
大学主催の講座ではないが、会場となっていたその「学びの空間」に実際に身を置き
本などでお名前を拝見していた先生の講座を受けたり直接お話ができたり、
その場に居合わせたいろいろな分野の方々と話ができたりして、
有意義な２日間だった。
]]>
        　
　
　
・体験学習とはどういうものか、あらためて考える機会となった
　まだまだ学ぶべきことが多いと思った
　
・本でお名前を存じ上げていた先生のファシリテーションを目の当たりにし、
　ファシリテーターのあり方、道具の使い方を学ぶことができた
　
・様々な分野のファシリテーター、もしくはそれに近い役割を担う人たちの話を聞くことができた
　分野による違いについて今まで以上に理解が深まった
　今後自分が学びを深めていくべき方向性の手がかりがつかめた
　
・自分が実際にファシリテーター役の体験をすることで
　一緒にワークに取り組んだ方から、様々なフィードバックをいただけた
　
・メンバー体験をすることによって、
　あらためて自分の人間関係の中でのありようの特徴をふりかえることができた
　いい面も、課題も・・・
　（もっと人間を磨かないとなぁ）
　
・今後の教材やプログラム開発へ、多くのヒントを得ることができた
　

　　
あぁ・・・、やっぱり、大学院で学びたい。
もろもろ事情、制約条件をクリアするのが難しい現状だが・・・。
　
以前卒業した方は、他県から住居大学付近に移して学んだとおっしゃっていた。
しかし、現在は単位をとりやすくする工夫を学校側も試みているようで、
経費はかかるにしても東京からも通って単位をとっている人もいるらしい。
　
そうであれば、少しは制約条件が潰せるか・・・。
まだまだクリアせねばならない点はあるが・・・。
後は自分が、どこまで本気になるのか、本当にそれがしたいのか、自らに問うて動く事なんだろうな。
　
まずは、単発講座への参加を実現させるのが小さな一歩かもしれないな。
　
　　
　
ところで・・・
その宿泊中、数年ぶりにジンマシンが出た。
　
かつて、学校を卒業と同時に東京に出てきて、社会人となった最初の年、
初夏～初冬くらいまで、毎日夕方になったらジンマシンが出るようになった時代がある。
　
初めての一人暮らし、社会人という新たなステージへの挑戦、
職場での新しい人間関係や東京の地理に慣れるために、知らず知らずのうちのエネルギー消耗
などが重なったからであろう、
病院へ行ったがアレルギー反応は出なかった。
　
当時はまだストレスと言う言葉が今ほどポピュラーではなく、私を診た医師は
「最近水が変わりましたか？」という聞き方をしたっけ。
　
意味がわからなかったので問い返したら、「環境が変わったか？」ということだった。
　
まさにそれだった。
環境の変化は時にストレス要因となることがある。
　　
本人は、意識の表面では、新しい環境・役割に早く慣れようと張り切っていたのだが、
体は無理をしていたのかもしれないし、心の奥の方では不安などもあったことだろう。
当時はそれが体に出たのだと思っている。
　
症状は徐々に和らぎ、いつの間にか出なくなっていったが、
それでも無理をした時には、その後もたまに出ることがあった。
私にしてみたら、ジンマシンは心身からのSOSサインの１つなのだ。
　
今回は、先月が度重なる出張で身体的にハードで
また、他のことも諸々平常月より多忙になっていたので、よけいに時間が足りなくて
心身ともに無理を課していたところがあった。
その疲れが、山場を越えたここにきて出てきたのだと思われる。
　
無理せざるを得ない時というのは、生きている限りあっても仕方がないが、
無理しすぎない、ケアを十分にすることも、時々意識しないとなぁと
ジンマシンにあらためて教えられた週末でもあった。　　
    </content>
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    <title>終わりは始まり</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=163" title="終わりは始まり" />
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    <published>2008-11-01T07:33:52Z</published>
    <updated>2008-11-01T07:44:21Z</updated>
    
    <summary> 　   　 　　 　 　 　 　新しい朝 　私たちの長い影の先に続く　道・・・...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post55.jpg"><img alt="post55.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post55-thumb.jpg" width="132" height="200" align="left" /></a><font size=-1>
　 
 　
　　
　
　
　
　新しい朝<BR>
　私たちの長い影の先に続く　道・・・<BR>
　2007年秋　／　波照間島<BR>　　</font> 
　
　
９月から始まった、怒涛の自称「人生ふりかえり強化月間」が終わった。 
　
　
高校学年同期会
小学校学年同期会
初めての職場の仲間たちと出会って20周年記念同期会
２年前の自然学校同期会
関東在住高校プチ同期会＝ほぼ２年の時のクラス会・・・
　　
　]]>
        　
その間に、
当時からの親友と旧交を温めたり、
再会したことでご縁が再びつながった人たちと
　　会ったりメールのやり取りをしたり
と、たくさんの交流があった。
　
　
　
その中にはなんともまぁ、
私にとっては必然とも思えるつながりもあって、 
　
　
例えば、 
　
　
２回目の高校同窓会は、その大半が偶然にも２年の時のクラスメイトだった。
　
参加者の一人の男性は、
実は小学校の時の同級生でもあった（先日の同窓会には来てなかった）が
２回目の高校同窓会３日前に、２年の時のクラス写真を見ていて 
そこで初めて同じクラスだったことに気がついたのだ！ （忘れていた）
 　
早速、先日の小学校同窓会幹事の一人の幼馴染の女性にメールして 
彼女とずっと仲のいい男性幹事の連絡先を教えてもらい、 
次に、その男性幹事が動いてくれて、彼にメールアドレスを聞いてくれて、 
今度は直接私がその彼に連絡とったら「ぜひ参加したい！」と。 
　
平日の日中、ふと思い立ってメールしたのに、 
みんな仕事中なのに、すごい連係プレイで動いてくれて 
彼から参加の連絡をもらうまで、たった２時間だった！ 
　
当日無事再会でき、それを小学校時代の恩師に伝えたところ
今度はその男性と先生がつながり・・・
　
　
　
この会のため、事前に、先にできていた同期会のホームページから
関東在住を自己申告している女性を探したら、
偶然にも私と同じクラブや同じクラスだった人ばかりで、
その人たちのつながりをたどっても、
同じクラブやクラスの人の存在ばかりが明らかになったのだった。
　
　
　
この会をきっかけに、 
まだいるらしい関東在住の仲間に呼びかけて、 
またこんな会を開きたいね！　ということに話が展開してきている。 
　
　
　
きっかけは、最初の高校同期会で、
元クラスメイトで一緒に学級委員をやっていた男性と話ができたことからだった。
　
その人の東京出張が決まり、
かねてより彼が親交のあった関東在住の高校仲間たちとの飲み会に
私が仲間に入れてもらう話から広がったことだった。
　
　
　
・・・この２ヶ月、いろんな時代の「私」に 
その時々をいっしょに過ごした人たちとの再会を通して、 
何度も何度も出会った。 
　
それだけでなく、当時以降の人生を人に語ることを通して、 
また、幼い頃の写真を探したことで、 
現在までのさまざまな時期の写真も久しぶりに見て、 
成人してから以降、現在までの自分までもふりかえることになった。 
　
　
　
子どものころの夢、歩んできた職業人生、未来への想い 
あきらめたこと、当時は予想できなかった得られたもの、 
成長した部分、変わらない部分、 
ところどころにあった人生の転機、 
そのときの出会いや別れ、忘れえぬ体験・教訓・学び・・・。 
　
思い出を共有してくれていた人たち、 
夫や両親や親友、幼馴染など、見守り理解し、 
時に支えてくれてきた人たちのありがたさも、あらためて感じた。 
　
過去の苦い思い出を、信頼できる人に聞いてもらうことにより、 
ようやく本当の意味で「それ」を過去のものにできたような気もする。 
　
今までの人生、終えてきたさまざまなこともあるが、 
始めてきたさまざまなこともあった。 
　
この２ヶ月間に続いたイベントも、昨日で全て終わったが、 
この２ヶ月間のイベントから始まったものもたくさんあった。 
　
　
　
終わりは終わりでなく、通過点であり、何かを手放しただけ。 
すでに始まったことをもっと進めていくために、 
また、これから始まっていくであろう様々なことに出会うために、 
必要なプロセスだったに過ぎない。 
　
今、そんな風に思う私がいる。 
    </content>
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    <title>ご縁</title>
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    <published>2008-09-25T10:52:38Z</published>
    <updated>2008-09-25T13:19:03Z</updated>
    
    <summary> 　 　 　笑顔で集う仲間たち 　／　子どもたちの作品　 　　　：　2008年夏...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post54.jpg"><img alt="post54.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post54-thumb.jpg" width="200" height="133" align="left" /></a><font size="-1">

　
　
　笑顔で集う仲間たち

　／　子どもたちの作品　
　　　：　2008年夏　久米島キャンプ場
　
　
　
　
　
今日は終日、
女性のキャリア支援と、キャリア以外の総合的な相談事例に関する
講演会に参加してきた。
　
ここ数年、キャリアカウンセリング関係の仕事を一緒にしている
グループメンバーたち数名と一緒に聴講する。
　
出会ってから、５～７年ほど経つお仲間（先輩）たち。
　
]]>
        日ごろは各人ソロ活動をしつつ、
グループとして受託している仕事の時は、
必要人員数に合わせてユニットを組む。
　
モー娘。が全盛期だった頃は、
講座の時の自己紹介などで、彼女たちに例えて
「ちょっと歳のいったモー娘。みたいなもんです」と
笑いをとっていたっけ。
　
普段からご一緒する仕事はそんなに頻繁ではないが、
年間を通して予定がある。
　
シフトで一緒に組めた相手とはその時いろいろ話もできるが、
シフトで会わない人とは、今日はとても久しぶりだった。
　
ランチと講演会終了後のティータイムと、
限られた時間ではあったが、
久しぶりにわいわいと会話を楽しみつつ、
スキルアップの情報交換。
　
話していると、自分もがんばらなきゃ、と刺激を受ける。
ほんとに、ありがたい存在だ。
　
　
　
そして、もうお一方。
朝、会場へ向かうエレベーターの中で、偶然の再会！
　
びっくりした！
　
数年ぶりだ。
　
この方ともなんだかご縁がある。
　
同じ業界にいるから会う確率は高いといえば高いが、
約束もしていないのに、
同じタイミングで同じ場所にいたりすることが、
過去にもあった気がする。
　
変わらず美しく、そして、活躍されていた。
この方も一緒に、ランチとお茶を楽しむ。
　
　
　
今日のメンバーの中では、私が最年少だったが、
キラキラ輝いている先輩女性たちと時間が過ごせて、
充実した一日だった。
　
　
　
もちろん、講演の方も勉強になった。
一人で参加するよりも、
みんなと一緒に参加して感想を言い合ったりできたので、
よけいに勉強になりましたです。
　
　
　
友だちとはまた違う、仕事＆スキルアップし合えるこのご縁、
これからも大切にしたいなぁ。
    </content>
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    <title>パンダの思い出</title>
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    <published>2008-04-30T04:16:05Z</published>
    <updated>2008-04-30T04:42:08Z</updated>
    
    <summary>上野動物園のジャイアントパンダ「リンリン（オス）」がこの世を去ったと ネットニュ...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="日々の思い・雑記" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        上野動物園のジャイアントパンダ「リンリン（オス）」がこの世を去ったと
ネットニュースで読んだ。
　
1972年に「カンカン」「ランラン」が日本に来たという説明を見て、
心が、自分の子ども時代にタイムスリップしていった・・・
        　
　
　
70年代、小学生だった私は、カンカンとランランを見に行った記憶がある。
　
あれは、４年生に上がる前の春休み。
母の妹にあたる叔母といとこ二人と、母の兄の子ども（いとこ）一人が泊りがけで遊びに来ていた。
　
メインイベントはなんといっても上野動物園へ行ってパンダを見ることだった。
　
その日の朝、出発を今か今かと待ちわびてワクワクしていた時、
叔母が言った。
　
「今、上野動物園に電話して聞いたらな、今日な、動物園、休みなんやて。
　パンダ見られへんわ・・・。」
　
「ぎゃーーー！」
「えーーー！」
「うそーーー！」
　
三人のいとこと私たち三兄弟は、ショックでたまらない。
口々に騒いだ後は、ガックリしてしまった。
　
その様子を見た叔母が一言。
　
　
　
「・・・ウソや♪　今日はエイプリルフールやしな（笑）」
　
　
　
「ぎゃーーー！」
「やられたーーーー！」
　
また子ども達はめいめい騒ぎ出した。
　
４月１日ならではのできごとだ。
だから未だに、この日が４月１日だったと日付まで覚えているのだ。
　
　
　
そんなこんなで動物園に行ってパンダを見た。
やたらと人が多かった。

テレビで見たような竹をムシャムシャ食べる姿を期待していたのだが、
日中昼寝中だったようで、白と黒のかたまりがあるようにしか見えなかった。
私としては、ちょっと残念だった。
　
　
　
その夜、どこかのビルの上の方の階で父も合流して食事をした。
そんな時に限って、地震が起こった。
ビルの上だったのでぐらぐら揺れた。
　
地震に慣れていた私はビックリしただけだったが、
地震の少ない関西からやってきたいとこ達は、
すぐさまテーブルの下にもぐりこんだっけ・・・。
　
　
　
パンダと地震・・・
いとこ達にとって東京への旅は、いろんな意味で印象深かったに違いない。
　
　
　
すっかり遠のいていた、子ども時代の記憶・・・

一頭のパンダの死によって、思い出した。
とても懐かしい、ほんわかした気持ちになった。
　
リンリン、安らかに・・・。

    </content>
</entry>
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    <title>いつもそこにある安心感</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=159" title="いつもそこにある安心感" />
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    <published>2008-04-19T02:39:41Z</published>
    <updated>2008-04-19T13:19:18Z</updated>
    
    <summary> 　 　 　そこに行けば 　いつも私を迎えてくれる海がある・・・ 　／　ハテルマ...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="日々の思い・雑記" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post49.jpg"><img alt="post49.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post49-thumb.jpg" width="200" height="122" align="left" /></a><font size="-1">

　
　
　そこに行けば
　いつも私を迎えてくれる海がある・・・

　／　ハテルマ・ブルー　
　　　：　2007年初夏　波照間島</font>
　
　
　
　
新しい年度になった。
この時期は、新しい講座の打合せや、
ＮＰＯ活動の過去一年間の総括などがある。
　
今日もこれからＮＰＯの理事会（私は監事）に行くために
１年をふりかえっていて、ふとタイトルの言葉を思いついた。
　
]]>
        ＮＰＯ心の笑顔サポートセンターでは、
私は「社会人笑顔教室」というトークサロンの運営を担当している。
　
カウンセリングや交流分析を学んだ仲間達が
それを世の中に活かそうと活動しているＮＰＯだが、
この「社会人笑顔教室」というのは、つぶやきサロンのようなものだ。
　　
ちょっと元気がないとき、誰かに話を聴いてもらいたいとき、
毎月１回、そこはオープンしている。
話を聴いてくれる誰かが必ずいる。
　
別にしんどい話でなくともよい。
ふらりと立ち寄り、カウンセリングマインドのあるスタッフたちと、
暖かい時間の流れる中で、
たわいもない話で笑ったり、考えたり、語り合ったり・・・。
　
過去にはオープンしていても誰も来ない日が続いたら、萎えそうになったときもあった。
　
今、入れかわり立ちかわり参加者がいることを思うと、
「いつもそこにある」ことの大切さを感じる。
　
必要になったとき、そこにある安心感・・・。
　
　
　
　
ある民間相談所で数年やらせていただいている
「よりよい人間関係講座」もそうだ。
　
今度先方の組織変更があり、
この講座も新しい団体でリニューアルした内容で開催されるが、
この講座も、「必要になったとき、いつもそこにある」ような講座でありたいと思う。
　
人が学ぶタイミングの１つに「機が熟す」というのがある。
その人の機が熟した時に、自分を見つめ成長する講座に参加されると、
その洞察力は深く、自ら学んだことを実践していくので、変化や成長がめざましい。
　
主催団体の方も、私の講座に対するスタンスと同じ考えでいてくださるのがありがたい。
　
　
　
　
もう８年目になるキャリアカウンセリングの相談ブースもまたしかり。
ある時期は、１日オープンしていても１人しか来なかった時期が続いたりしたが、
今またコンスタントに人が来るようになっている。
　
中には、相談室の存在を知ってから随分月日が経ってから来る人もいる。
チラシを取っておいたという。
　
いずれ自分に必要な時期が来るだろうと、その人自身が感じていたことなのだろう。
　
　
　
　
いつもそこにある安心感・・・
　
自分の日常生活をふりかえる・・・。

日々の人間関係でも、
遠くはなれて暮らす両親や友人たちにとって、
たとえしょっちゅう関わりあっていなくとも、
いざというとき、心に寄り添ってくれるであろう存在として、
顔が思い浮かぶ存在でありたいと思う。
　
連休、帰らないでごめんね・・・
元気でいるから心配しないでね・・・
    </content>
</entry>
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    <title>春の訪れ</title>
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    <published>2008-03-08T15:29:40Z</published>
    <updated>2008-03-08T15:46:44Z</updated>
    
    <summary> 　 　こんにちは 　あなたはだあれ？ 　 　2008年春　／　川崎市内 　 　...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と自然・世界・そして…" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/sP3041154t.jpg"><img alt="sP3041154t.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/sP3041154t-thumb.jpg" width="200" height="150" align="left" /></a><font size="-1">
　
　こんにちは
　あなたはだあれ？
　
　2008年春　／　川崎市内</FONT>
　
　
　
　
　
　
　
ベランダの窓を開けると、近所のあちこちで咲いている梅の香りが
風に乗って漂ってくる。
　
気がつけば、道端の小さな雑草たちも花を咲かせ始めている。
　
あまり見かけない私にとっては珍しい小鳥の姿もある。
　
畑にも機械が入り、いつでも種まきができるように
整然と並ぶ畝の準備が整っている。
　
　
　
・・・好きだな、心がほっこりと和む。
]]>
        　
　
　
そんな現在の地域に住んで９回目の春を迎える。
早いものだ。
　
こんなに住んでいるのに、ご近所づきあいは大家さん以外ないという生活。
　
　
つい先日、近くの公の施設を通りかかったら、
私の住む地域の自然を写した写真展が開催されていた。

開発が進み、急激に失われていく里山の自然を守りたい、
この地域の風景が好きだ、　という人たちが写真を撮ったもののようだ。
　
ふらりと立ち寄ってみた。
　
　
　
すると・・・
　
あそこも、あそこも、あそこも・・・！
散歩して「いいな」と思っている場所の写真が
いくつもあった。
　
何年も前から道端の掲示でその存在を知っていた、
保存活動の会の人たちがそこにいた。
　
写真を撮ること、身近な自然と触れ合うことが好きな私は、
会について少しお話をうかがってみた。
　
なんと！　すごくご近所の方々のようだ。
　
不定期な仕事ゆえ、定期的な活動への参加は難しそうだが、
今年もまた写真撮影会を行うとのことなので、
それに参加してみようかな、と思った。
　
この地域の自然が好きだという、同じような思いの方々と
ご縁が出来るのもすてきなことだ。

春の訪れとともに、なんだかおもしろそうなことが始まりそうな気がしている。

    </content>
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    <title>幻日・逆さ虹に気づいた人？</title>
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    <published>2008-02-02T14:27:30Z</published>
    <updated>2008-02-03T05:13:42Z</updated>
    
    <summary>　　 （２月２日午前９時過ぎ、川崎市内にて） 　 　 朝、仕事に向かうために電車...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と自然・世界・そして…" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E5%B9%BB%E6%97%A5%E3%83%BB%E9%80%86%E3%81%95%E8%99%B9s.jpg"><img alt="幻日・逆さ虹s.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E5%B9%BB%E6%97%A5%E3%83%BB%E9%80%86%E3%81%95%E8%99%B9s-thumb.jpg" width="139" height="150" /></a>　<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E5%B9%BB%E6%97%A5.jpg"><img alt="幻日.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E5%B9%BB%E6%97%A5-thumb.jpg" width="150" height="102" /></a>　<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E9%80%86%E3%81%95%E8%99%B9.jpg"><img alt="逆さ虹.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/%E9%80%86%E3%81%95%E8%99%B9-thumb.jpg" width="124" height="150" /></a>
（２月２日午前９時過ぎ、川崎市内にて）
　
　

朝、仕事に向かうために電車に乗って、
ぼんやり窓の外を眺めていたら・・・
　
おっ、朝から「幻日」出てるじゃないっ！
　
　太陽から少し離れた横に現れる光。
　太陽と雲の関係によっては、
　赤から緑くらいの虹色グラデーションになることも。
　
　太陽と雲の位置も関係するので、
　左右どちらかの片方だけに見えることもある。
　
　
　
「今日はどうかな？　両側に見えるかな？」
　
　]]>
        ちょうど次が乗り換え駅。
しかも早めに出てきたので時間には余裕がある。
　
乗り換えの時、見晴らしのいいところを通るので、
ワクワクしながら電車を降りたら・・・。
　
　
　
・・・！
　
今日は両側に幻日が輝いていました！
　
しかも暈もまぁるく見えていたし。
　
「わぁ～！」っと、思わずため息。
持ち歩いているコンパクトデジカメを取り出して撮影。
　
　　　しかし、コンパクトデジカメって、
　　　逆光やまぶしい時は、モニターに何が写ってるか見えないから困る。
　　　こういうとき、一眼レフを持ち歩いていたらなぁと思う。
　　　広角レンズだと、空の様子も、一枚に収められただろうに・・・。
　
ちゃんと画面に収まってるのかわからないまま、
何枚かシャッターを切る。
　
　
　
そして、ふと上を見上げたら・・・
　
　
なんと～！
逆さ虹も出ていました～！
　
なんてきれいで、不思議なんでしょう！
　
虹は神様からの祝福メッセージだと
勝手に思い込んでいるので、
朝からラッキーな気分。
　
　
　
　
　
乗り換えのために移動する人たちの流れから
10ｍも離れていないところで、
私は空を見上げ、写真を撮っていたけれど、
移動する人たちは誰も気づいていない様子。
　
さらに、私のそばで携帯メールやっていたり、
掃除をしている人も、
何も気づいていない様子。
　
相談室でシフトが一緒だった50代の先輩に見せたら、
「こんなの生まれて初めて見た」と。
アウトドア好きな人なのに。
　
　
　　
自分も含め、
どこかで何かが起こっていても、
視野に入ってこなかったり、関心を持って注意を払っていなかったりしたら、
その人にとっては「無い」のと同じなんだなぁと、しみじみ思う。
　
　
　
それは、こういう自然の現象のことだけに限らず、
環境問題や、社会問題といった大きなことから、
季節の移り変わりや（近所で梅が咲き始めました♪）
職場や家庭での身近な人たちの気持ちや表情の変化などといった微妙なものにも
当てはまることなんだろうなぁと思う。
　
日々いろんなやらなければいけないことが、
目の前にたくさんある。
　
だけど、それ以外のことに関心が向かなくなるほど
心の余裕をなくしてしまいたくはない・・・そんな風に思ったできごとだった。

    </content>
</entry>
<entry>
    <title>歌の力、家族、生きるということ・・・</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.takayo.biz/link_with/2008/01/post_47.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=156" title="歌の力、家族、生きるということ・・・" />
    <id>tag:www.takayo.biz,2008:/link_with//4.156</id>
    
    <published>2008-01-28T01:12:35Z</published>
    <updated>2008-01-28T02:10:44Z</updated>
    
    <summary>自宅デーだと、ついつい色々ネットで脱線・・・ そして、朝から泣かされる羽目に・・...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        自宅デーだと、ついつい色々ネットで脱線・・・
そして、朝から泣かされる羽目に・・・。
　
　
---　index　---
　
●木山裕策さん（Youtube）
　
４児の父。39歳で、若かりし頃の夢を実現して、メジャーデビュー。
そこに至るまでの道、家族への想い・・・応援したくなる。
　
　
　
●難病ムコ多糖症患者応援ソング「キセキ」（Youtube）
　
音楽の力はすごい。アーティストたちの影響力はすごい。
歌に最初に出会い、そこから知る世の中の現実もあるんだな。
　
この歌に関心を持つことで、
それまでムコ多糖症って障がいについて、
キーワードはどこかできいたことがある程度だったが、
もう少し詳しく知ることができた。
　
　
　
---　曲紹介と動画　---
        　
●木山裕策さん（Youtube）
４児の父。39歳で、若かりし頃の夢を実現して、メジャーデビュー。
そこに至るまでの道、家族への想い・・・応援したくなる。
　
　・その瞬間
　　http://www.youtube.com/watch?v=zeH3qNi7ixg
　
　・それまでの経緯
　　http://tearbridge.com/kiyama/profile/
　
木山氏のあたたかな声と実直な歌い方、
そして、彼が歌に挑んだ背景に共感して楽曲提供した作詞者のメッセージに
やられました。
　
家族が家族を殺めるニュースが続く昨今、
本当は、本来は、こうじゃないのかなー、こうあってほしいなーと
「家族（親子）」について考えさせられる一曲。
　
　
　
●難病ムコ多糖症患者応援ソング「キセキ」
　
音楽の力はすごい。アーティストたちの影響力はすごい。
歌に最初に出会い、そこから知る世の中の現実もあるんだな。
　
この歌に関心を持つことで、
それまでムコ多糖症って障がいについて、
キーワードはどこかできいたことがある程度だったが、
もう少し詳しく知ることができた。
　
　・ライブver：絢香、思いがこもってる！
　　http://www.youtube.com/watch?v=s_VmiRgsaMQ&amp;feature=related
　・基本音源（と思われる）
　　http://www.youtube.com/watch?v=3SC34TO3Mig&amp;feature=related
　
　・関連サイト「てるてるのいのち」
　　http://teruteru.org/
　
これから自分の両親の元に生まれいずる子どもの目線からのメッセージ。
歌詞に心揺さぶられ、私は色々考えさせられた。
　
この世に生まれてくる、それだけでもすごいキセキなんだと。
　
なぜ、私たちは生まれてくるんだろうね。
何を学ぼうと思って、この世にやってくるのだろうね。
　
　
　
・・・小学校の５・６年、そして、中学校の３年、
私のクラスは、一人の障がいを持った女の子の親学級だった。
　
小学生の時、私を含め、クラスの子達はその子を疎んじた。
担任の先生がクラスの様子に心を痛め、その子の母親に、
彼女が障がいを持って生まれた経緯をインタビューし、
学級通信に掲載した。
　
その記事より、その子と私は誕生日が１日違いだという事を初めて知り、
（その日はまた、私の父方の祖母の誕生日と同じか非常に近くでもあった）
衝撃を受けた。
　
なぜなら・・・
　　
　
　
私は、生まれる途中、羊水を飲んで溺れたらしく
呼吸をしていない仮死状態でこの世に出てきた。
「吸引」で引っ張り出された。
　
お医者さんのすばやい手当てで息を吹き返し、
幸い脳に後遺症もなく今まで元気に生きてこられた。
（変わり者なのは、後遺症か？　とジョークが言えるくらい）
　
彼女もまた、私が生まれる１日前、難産だったのだが、
彼女は「鉗子（かんし）」で頭蓋骨をつかまれ引っ張り出されたのだった。
それが原因で、知能面と身体的な障がいを背負うことになったらしい。
　
　
　
彼女の背景を知った時、
子ども心に、
私も何かが一つ狂っていたら彼女と同じ立場にいたかもしれないと、
仮死状態のまま運が悪かったら、今この世に自分はいなかったのかもしれないと、
マジメに考えたことを覚えている。
　
　
　
そんな彼女と私の１日違いの誕生日まで、あと１ヵ月をきった・・・。
　
２周目の成人式も通り過ぎ、「不惑」といわれる年齢層になってもまだ、
なんやかんやともがいている私。
もがく苦しみがあっても、生きてうれしいことや感動も体験できるのは幸せなことだと考えて
これからも生きていこうと、今日こうやっていろいろ考えながら、あらためて思う。
　
　
　
　
　
　
　　・・・ムコ多糖症の人たちは、その症状の特性ゆえ、
　　　　　ほとんどの患者の寿命は通常10歳から15歳までぐらいだという・・・。




    </content>
</entry>
<entry>
    <title>よりよい人間関係ワーク後期終了</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.takayo.biz/link_with/2008/01/post_49.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=155" title="よりよい人間関係ワーク後期終了" />
    <id>tag:www.takayo.biz,2008:/link_with//4.155</id>
    
    <published>2008-01-11T01:08:21Z</published>
    <updated>2008-01-28T02:00:11Z</updated>
    
    <summary>８月からおおむね月１回のペースで開催されてきた 「女性のためのよりよい人間関係ワ...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        ８月からおおむね月１回のペースで開催されてきた
「女性のためのよりよい人間関係ワーク後期」が、
おかげさまで無事終了しました。

少人数だからこそ、本音で語り合い、
互いから学び合う、豊かな時間でした。

前期後期と、約１年間ゆっくり学ばれた方、
２年続けられた方など、
それぞれの生活の中で、少しずつ、一つずつ、Try＆Eroorを恐れずに、
それぞれの身近でよりよい人間関係づくりをやってこられたようです。

最終日には、
その実践の効果をみなさんから笑顔でご報告いただき、
これからの自分の人生を描くワークで締めくくりました。

来年度もまた、開催のご依頼を事務局からいただきました。

私もまた、ファシリテーターとして、一人の人間として、
一歩ずつ、実践を積み重ねて行きたいと思います。
        
    </content>
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    <title>映画「めがね」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.takayo.biz/link_with/2007/11/post_46.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=154" title="映画「めがね」" />
    <id>tag:www.takayo.biz,2007:/link_with//4.154</id>
    
    <published>2007-11-06T13:20:19Z</published>
    <updated>2007-11-06T15:10:58Z</updated>
    
    <summary>　肩の力を抜いて 　自分を縛るものから 　自分を解き放とう 　そして、海を見つめ...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="日々の思い・雑記" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/sImg_9068%EF%BD%94.3.jpg"><img alt="sImg_9068ｔ.3.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/sImg_9068%EF%BD%94.3-thumb.jpg" width="200" height="132"  align="left"/></a><font size="-1">　肩の力を抜いて
　自分を縛るものから
　自分を解き放とう

　そして、海を見つめよう
　
　／ニシ浜　：　2007年秋　波照間島</font>
　
　
　
　
「めがね」という映画を見てきた。
（公式サイト　http://www.megane-movie.com/）


　　「豊かさ」　「自由」　「自分であること」・・・
　
鑑賞後に、そんなキーワードがほわんほわんと、
心の中に浮かぶような映画だった。　　


とある南の島の、「ハマダ」という民宿に出入りする人たちは、
「たそがれる」ことの名人のようだ。

「たそがれる」
・・・「夕方になる」とか「人生の盛りを過ぎる」という意味があるようだが、
この映画ではまた別の意味があるような気がした。
　
なんていうのかな・・・
「肩の力を抜いた状態、力んでいない状態」のようなイメージを
私は持った。
　
　　
映画に出てくる食事のおいしそうなこと！
何も考えずただその美味しさを味わうようにいただく様子は、
食べること生きていることの喜びそのもののようにも見えた。
　
　
この映画が伝えたいこと・・・
　
それは多分、エンディングの歌のメッセージだと思った。

それはまた、映画の中で、よもぎ君が、
彼自身のたそがれの旅を一度終えて日常に戻る時に、
海に向かってドイツ語で語った詩でもある。
（ネットで調べたら、エンディング歌のドイツ語訳らしい）
　
　
　
　　大地も人も　愛しく
　　すべてがここにある
　　そして自由に生きている　
　　私がここにいる
　
　　　　　　『めがね』
　　　　　　作詞＝太田恵美／大貫妙子
　　　　　　作曲＝大貫妙子



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映画を見て、もう１つ思い出したこと・・・
「めがね」の中の人たちは、このジョークのメキシコ人の人みたいだと思った・・・。
　
　
「エスニック・ジョーク」といわれているものの中の１つだ。
　（Wikipedia ：キーワード「エスニック・ジョーク」より）
　
　
「得られる物」

メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも活きがいい。

それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」と尋ねた。

すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」 と答えた。 
旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。
戻ってきたら子供と遊んで、女房とシエスタ（昼寝）して。
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… 
ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
 「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。
それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。
そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。
 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
 「30年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
 「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、
子供と遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。
どうだい。すばらしいだろう」
　
　
　
　

本当の豊かさって、なんだろう？

本当の自由って、なんだろう？

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    <title>ありがとうの声援</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://takayo.sakura.ne.jp/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=4/entry_id=153" title="ありがとうの声援" />
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    <published>2007-10-11T10:22:16Z</published>
    <updated>2007-10-11T10:45:26Z</updated>
    
    <summary>　 　 　 　晴れた日に 　ほんわか　ふわふわ・・・ 　 　そんな気分・・・ 　...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="人と人" />
    
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        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post45.jpg"><img alt="post45.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post45-thumb.jpg" width="135" height="200" align="left"/></a><font size="-1">　
　
　
　晴れた日に
　ほんわか　ふわふわ・・・
　
　そんな気分・・・
　
　
　／　ニシ浜に浮かぶ雲　：　2007年夏　波照間島</font>
　
　
　
　


昨日朝、2007年10月９日（火）から開催している
<a href="http://blog.livedoor.jp/gogoyaima/archives/51087216.html" target="_blank">自分自身の作品の写真展</a>会場に向かう道すがらのこと。
　（＊「南島写真紀行２」開催中・・・）
　
最寄り駅の入口に近づいてきたあたりで、
駅の少し先の道路左脇にごみ収集車が止まっているのが見えた。
　
作業員さんが二人、駅前商店などから出された大量のゴミを車に放り込む作業を
何度も繰り返しているのが見えた。
　
もう少し近くまできたら、何やら声がすることに気がついた。
　
　

　]]>
        幼稚園児くらいと思われる小さな子ども達の声だ。
　
ごみ収集車が止まっている道路の右側の方から聞こえてくる。
建物などの影になっていて、声の主たちの姿は見えない。
　
よく耳を澄ますと、作業員さんに向かって口々に
　
　　「あーりーがーとーーー」　「あーりーがーとーーーー」
　
と大きな声で言ってるのだった！
　　
　
　
作業員さんたちは、うれしそうな笑顔で、
作業の合間に手を振って応えている。
　
やる気になるよね、きっと。
ゴミは臭いし重たい。　
だけど、この子達の声援のシャワーを浴びている間は、
体も軽やかに動いたかもしれない。
　
　
　
ゴミは多い。
何度も何度もゴミ置き場と車を往復する作業員さん。
　
子ども達の「ありがとう」の声は、何度も何度も聞こえてくる。
　
・・・いったい、どんな子ども達が言ってるのだろうか？
何か保育施設でもあったかな？　と気になってしかたなかったが、
電車の時間が迫っていたので、後ろ髪ひかれる思いで手前で駅の入り口へと入っていった。
　
　
　
自分自身があわただしかった朝、
とてもほのぼのしたひと時と出会え、ゆったりした気分になった。
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    <title>地の音、風の音、天（宇宙）の音</title>
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    <published>2007-09-15T14:00:23Z</published>
    <updated>2007-10-11T10:53:17Z</updated>
    
    <summary>　風の音・波の音 　そして、 　過去から連綿とつながる 　祈りの声が 　島を包み...</summary>
    <author>
        <name>もー</name>
        
    </author>
            <category term="「わたし」と心、心と身体" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.takayo.biz/link_with/">
        <![CDATA[<a href="http://www.takayo.biz/link_with/images/post44.jpg"><img alt="post44.jpg" src="http://www.takayo.biz/link_with/images/post44-thumb.jpg" width="200" height="132" align="left"/></a><font size="-1">　風の音・波の音
　そして、
　過去から連綿とつながる
　祈りの声が
　島を包み込む・・・
　

　南風（パイカジ）　：　2006年夏　波照間島　</font>
　
　
　
　

映画「地球交響曲第六番　～全ての存在は響き合っている ～」と
ミニコンサートの夕べに出かけてきた。
　
第六章のテーマは「虚空の音」。
　
音の表現者たち、音の追及者たちによる
様々な音が紹介されている。
　
また、その人たちの生き方、音についての考え方、感じ方などが
本人の語りによってなされ、映画は進行していく。
　
　


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        いろいろな言葉が心に残る。
そして、いろいろなことを考えさせられた。
　
監督は、公式ホームページで今回の映画を「音を観て、光を聴く」旅とたとえたが、
私は、映画とコンサートから触発されて、私自身への旅となった。
　
（以下、映画で本人が語った言葉から、私が受け止めたニュアンス）
　
　
●ラヴィ・シャンカール：シタール奏者
　
　「あれこれ気が多いと、何事も成されない。
　　一つに的を絞って追求していくと、道が拓かれる」
　
　　　そうなんだよな・・・好奇心旺盛なのはいいけれど、
　　　何事も続けることが得意ではない私にとって、
　　　耳の痛いメッセージだった。
　
　　　一つのことに大成する生き方もあれば、
　　　マルチプレイヤーである生き方もありだと思う。
　
　　　ところでもし、私が的を絞るとしたら、それはいったい何なのだろう・・・？
　　　決める勇気は、手放す勇気でもある。
　　　何をわきに置いて、何に注力するのか・・・
　
　
　　　どれも手放せない強欲さがある。
　　　それは不安の裏返しか？
　
　　　子どもがいない人生に悩んでいた頃、ある人が私にこういった。
　　　「花はネルギーが集中するか分散するかで咲き方が違う。
　　　一輪の大輪の花を咲かせるか、小さな花をいくつか咲かせるか。
　　　どちらでもいいのだと私は思う。
　　　あなたの人生は、どちらを望むのか？」　と・・・
　
　
「インド音楽には譜面がない。
　師匠から直接口伝え・演奏を真似ることで学んでいく。
　それは、単に音楽を学ぶだけでなく、
　その背景にあるその国の文化や哲学なども全て受け継いでいくことなのだ。」
　
　　　そういえば、沖縄民謡の話でも似たようなことをきいたことがある。
　　　現在は「工工四」という譜面のようなものはあるが、
　　　従来はそのようなものもなかったのだと。
　
　　　師匠から肌で感じ体験から直接学ぶことの重要さにあらためて気づく。
　　　
　　　私が学んできたカウンセリングの先生方も、同じようなことを言っていた。
　　　「ここ（勉強会）」にある暖かい雰囲気を持った人が育ってほしいのだ、と。
　
　　　それは、頭に入れる知識ではない、体で覚える動作ではない、
　　　もっと根底にある大切なもの・・・。
　
　
●ケリー・ヨスト：ピアニスト
　
「音の“通り道”になりたい。
そのために自分を常に“浄化”し、“透明な存在”になりたいのです。」
　　
　　　この人やシャンカールの話を聞いていると
　　　「音楽」とは、単に人間が聞こえる範囲の音や
　　　動物達がキャッチしているような範囲の音など、
　　　物理的に波長で計測できるような音とは違う、
　　　「天上界の音」とでもいうような、スピリチュアルなエネルギー的存在も
　　　この宇宙全体にたゆたいながら満ち溢れているように思えてくる。
　
　　　そして、真の作曲家、演奏家などは、
　　　それをキャッチして表現しているのではないかと思えてくる。
　　　
　　　　「私」というある一つの人格の心を持ったこの肉体は、何の通り道の役割があるのだろう？
　
　　　そういうものがもしあるとしたら、
　　　　「それ」が何ものにも邪魔されずに、
　　　すぅっと私を通り抜けて周囲へとひろがっていけるような生き方を
　　　私はしているのだろうか？
　
　　　恐れ、不安、執着、エゴなどから、
　　　その通り道の一つであるハートをゆがめたり閉じてしまってはいないか？
　　　健全な心を保ち健康的な体を保つためのメンテナンスを怠ってはいまいか？
　　　　　
　
「ここは、私の「ふるさと（“人生の原点”と私は解釈）」です。
音楽と出会うずっと以前から、
この川の流れの音が、私の中にあったのです。」
　
　　　私にとってそれは、風のささやき、鳥のさえずり、虫の音などだ。
　
　　　今住んでいるところは、窓を開けると住宅地でありながら、
　　　そういった自然界の音がわりとよく聞こえてくるところだ。
　　　今も、虫の音を聞きながら映画をふりかえっている。
　　　　
　　　音だけでなく、
　　　四季折々の自然界の色や形の移り変わり、
　　　夕陽や雲の色、星空、花や草木の香り・・・
　　　そういうものたちに常に触れている人生でありたい。
　
　　　忙殺されて建物の中に閉じこもり、
　　　そういうものたちとのふれあいが減ってくると、
　　　また、身近な自然が破壊されている様に出会うと
　　　私はエネルギーをとたんに失うのがよくわかる。
　
　
　
●映画の後のミニコンサート
奈良裕之さん　：　スピリット・キャッチャー（ウインド・キャッチャー）、笛、他
KNOB（ノブ）さん　：　ディジュリドゥ（天然空洞木）、岩笛
　
　
二人の奏でる音に、自然と涙があふれてきた。
　
即興で心と音を合わせることで奏でられる旋律とリズム。
　
会場の雰囲気と、二人の気持ちとが呼応しあい生まれてくる、
二度と再現されない時間。
　
自分の心の奥の奥のほうの何かと共鳴したような時間。
　
　
奈良さんがスピリット・キャッチャーを旋回させうなる音を鳴らしながら、
祓い清めるように、または、
そこに集う人たちの心のエネルギーや
宇宙に存在する大いなるもののエネルギーを捉えるかのように
会場内を練り歩いた。
　
その音に、心の奥深くが共鳴するようなぞくぞくする感じを得た。
　
会場中ほどやや後ろの通路に座っていた私のところは、
ちょうどＵターンポイントだったらしく、
私の頭上でしばらくスピリット・キャッチャーが回り続けた。
　
頭上に風を感じた。
　
それは、母方の実家（神社）で子どものころから幾度となく体験してきた
大麻（おおぬさ： 棒に紙垂をくくりつけてあるお祓いの道具）によって、
お祓いを受けるときに感じる風と同じように思えた。 
それは懐かしさと同時に、神聖さと宇宙のエネルギーを感じる風だった。
　
　
KNOBさんのディジュリドゥから響き渡る低音は、
まるでチベット僧たちによる超低音の声明のようでもあった。
　
きっと、人間の耳には聞こえないレベルの低い倍音も
あたりに漂い体がそれをキャッチしていたことだろう。
　
時々祈るように、手を空に伸ばしながら演奏するKNOBさん、
瞑想状態になってるのではないかというような、独特の雰囲気があった。
　
この日は、奈良さん・KNOBさんは、低音の楽器と高音の楽器を用意していらしたが、
私の心身は、特に低音の楽器に共鳴したようだった。
　
　
ラストのほんの一瞬、
奈良さんが笛で伸ばしていたロングトーンの音に、
KNOBさんの岩笛が、少し低いところから徐々に同じ音に近づき、
ぴったり合わさったかと思ったら、高い音域へと超えていった。
　
そのときの、二つの音が合わさった時の音のパワーというかきらめきは、
その前後とは如実に違うのがわかった。
共鳴し、大きく鳴り響き、まるで光を放ったようになったのだった。
　
映画でいろいろな人たちが語ったり表現しようとしていた「虚空の音」の一つの形が、
宇宙に響き渡っている人間の耳には聞こえない音が、
一瞬そこに現れたような気がした。
　
　
コンサートが終わってから、
かつて、ブラスバンドに所属していた時、
仲間同士で楽器のチューニングを合わせた時にも、
同じような現象が起こっていたことを思い出した。
　
そのよう現象は、同じ音同士だけでなく、
いわゆる和音と言われる中でも心地よい和音の時も感じたことがあった。
　
逆に「不協和音」とでもいうような組み合わせの時は、響きあう波長もノイジーだ。
　
音と音とが共鳴する時もまた、
きっと人間の耳に聞こえているだけでない、
天空や宇宙に響いている音も聞こえているのではないだろうか・・・
　
そして、古の人が人間関係をも「ハーモニー、調和」とか「不協和音」と言うようにたとえたように、
人間の個々人が持つ音というのが実はあって、
それが調和しているか不調和なのかが「聞こえてくる」人もいるのかもしれない
などと思いをめぐらせてしまったひと時だった。
　
　
　
　
＊余談１
　スピリット・キャッチャーの音、そして、奈良さんの動きを見ていて
　記憶の中にある「何か」と似ている、とずっと思っていた。
　
　ブログを書きながら、思い出した。
　
　スターウォーズでルークやダースベイダーが使う剣、ライトセーバーだ。

　似てないかな？　似てるような気がするんだけど・・・（笑）

　　
＊余談２
　その後の打ち上げ交流会に参加させていただいた。
　奈良さん御自慢の手作りカレーの美味しかったこと！
　
　野菜たちの命を最大限生かしたカレー。
　ニンジンもジャガイモも皮付き、オクラはヘタつき、しいたけは軸つき、
　ブロッコリーの太い茎もゴロンゴロンと入っていた。

　そして、ご飯には、第５番に登場する西表島の石垣金星さんの黒米が使われていた。
　
　奈良さん、KNOBさんとも少しだけだが話をさせていただいた。
　お二人とも、透明感のある人（変なたとえだが）だった。
　彼らを通して、様々な聞こえないけれど存在する音が、
　聞こえる「音」として私たちに届けられているような気になった。
　「音のチャネラー」・・・お二人と接して、そんな風に思った。

　機会があればまた、演奏を聴いてみたいと思った。
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