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2008年04月30日

パンダの思い出

上野動物園のジャイアントパンダ「リンリン(オス)」がこの世を去ったと
ネットニュースで読んだ。
 
1972年に「カンカン」「ランラン」が日本に来たという説明を見て、
心が、自分の子ども時代にタイムスリップしていった・・・

 
 
 
70年代、小学生だった私は、カンカンとランランを見に行った記憶がある。
 
あれは、4年生に上がる前の春休み。
母の妹にあたる叔母といとこ二人と、母の兄の子ども(いとこ)一人が泊りがけで遊びに来ていた。
 
メインイベントはなんといっても上野動物園へ行ってパンダを見ることだった。
 
その日の朝、出発を今か今かと待ちわびてワクワクしていた時、
叔母が言った。
 
「今、上野動物園に電話して聞いたらな、今日な、動物園、休みなんやて。
 パンダ見られへんわ・・・。」
 
「ぎゃーーー!」
「えーーー!」
「うそーーー!」
 
三人のいとこと私たち三兄弟は、ショックでたまらない。
口々に騒いだ後は、ガックリしてしまった。
 
その様子を見た叔母が一言。
 
 
 
「・・・ウソや♪ 今日はエイプリルフールやしな(笑)」
 
 
 
「ぎゃーーー!」
「やられたーーーー!」
 
また子ども達はめいめい騒ぎ出した。
 
4月1日ならではのできごとだ。
だから未だに、この日が4月1日だったと日付まで覚えているのだ。
 
 
 
そんなこんなで動物園に行ってパンダを見た。
やたらと人が多かった。

テレビで見たような竹をムシャムシャ食べる姿を期待していたのだが、
日中昼寝中だったようで、白と黒のかたまりがあるようにしか見えなかった。
私としては、ちょっと残念だった。
 
 
 
その夜、どこかのビルの上の方の階で父も合流して食事をした。
そんな時に限って、地震が起こった。
ビルの上だったのでぐらぐら揺れた。
 
地震に慣れていた私はビックリしただけだったが、
地震の少ない関西からやってきたいとこ達は、
すぐさまテーブルの下にもぐりこんだっけ・・・。
 
 
 
パンダと地震・・・
いとこ達にとって東京への旅は、いろんな意味で印象深かったに違いない。
 
 
 
すっかり遠のいていた、子ども時代の記憶・・・

一頭のパンダの死によって、思い出した。
とても懐かしい、ほんわかした気持ちになった。
 
リンリン、安らかに・・・。

2008年04月19日

いつもそこにある安心感

post49.jpg

 
 
 そこに行けば
 いつも私を迎えてくれる海がある・・・

 / ハテルマ・ブルー 
   : 2007年初夏 波照間島

 
 
 
 
新しい年度になった。
この時期は、新しい講座の打合せや、
NPO活動の過去一年間の総括などがある。
 
今日もこれからNPOの理事会(私は監事)に行くために
1年をふりかえっていて、ふとタイトルの言葉を思いついた。
 

NPO心の笑顔サポートセンターでは、
私は「社会人笑顔教室」というトークサロンの運営を担当している。
 
カウンセリングや交流分析を学んだ仲間達が
それを世の中に活かそうと活動しているNPOだが、
この「社会人笑顔教室」というのは、つぶやきサロンのようなものだ。
  
ちょっと元気がないとき、誰かに話を聴いてもらいたいとき、
毎月1回、そこはオープンしている。
話を聴いてくれる誰かが必ずいる。
 
別にしんどい話でなくともよい。
ふらりと立ち寄り、カウンセリングマインドのあるスタッフたちと、
暖かい時間の流れる中で、
たわいもない話で笑ったり、考えたり、語り合ったり・・・。
 
過去にはオープンしていても誰も来ない日が続いたら、萎えそうになったときもあった。
 
今、入れかわり立ちかわり参加者がいることを思うと、
「いつもそこにある」ことの大切さを感じる。
 
必要になったとき、そこにある安心感・・・。
 
 
 
 
ある民間相談所で数年やらせていただいている
「よりよい人間関係講座」もそうだ。
 
今度先方の組織変更があり、
この講座も新しい団体でリニューアルした内容で開催されるが、
この講座も、「必要になったとき、いつもそこにある」ような講座でありたいと思う。
 
人が学ぶタイミングの1つに「機が熟す」というのがある。
その人の機が熟した時に、自分を見つめ成長する講座に参加されると、
その洞察力は深く、自ら学んだことを実践していくので、変化や成長がめざましい。
 
主催団体の方も、私の講座に対するスタンスと同じ考えでいてくださるのがありがたい。
 
 
 
 
もう8年目になるキャリアカウンセリングの相談ブースもまたしかり。
ある時期は、1日オープンしていても1人しか来なかった時期が続いたりしたが、
今またコンスタントに人が来るようになっている。
 
中には、相談室の存在を知ってから随分月日が経ってから来る人もいる。
チラシを取っておいたという。
 
いずれ自分に必要な時期が来るだろうと、その人自身が感じていたことなのだろう。
 
 
 
 
いつもそこにある安心感・・・
 
自分の日常生活をふりかえる・・・。

日々の人間関係でも、
遠くはなれて暮らす両親や友人たちにとって、
たとえしょっちゅう関わりあっていなくとも、
いざというとき、心に寄り添ってくれるであろう存在として、
顔が思い浮かぶ存在でありたいと思う。
 
連休、帰らないでごめんね・・・
元気でいるから心配しないでね・・・